散歩
2012年10月18日

廃村八丁へ行ってきました(その3)

「その2」の続き

 廃村八丁で出会ったまさかの「村人」こと「主」としばらく立ち話を続ける。
 近くの小屋で自給自足の生活を送っていること、小屋の横に積み上げられた木材は解体された家屋たちだということ、かつて住人たちは炭焼きを生業としており、その炭は今でもここに残されていること…。

解体された廃屋はこのように片付けられています。地面の黒いのは100年前の木炭。

家屋の廃材

 「いやあ、こんなもんじゃない、もっと広かった。あの辺とかも全部。」
 集落の広さが思った以上であったことを伝えると、主はそう答えて指さす。その方向には、植え込まれた針葉樹林が端然と生い茂っている。冬期の厳しさによって定住する人間はいなくなったけど、造林政策によって廃集落の一部はスギやヒノキに取って代わられたそうだ。
 「それまでは辺り一面山菜だらけで…、それはもう桃源郷のようやったわ…。」
 深い実感がこもったその口ぶり。思わず出そうになったお年を尋ねようとする野暮な言葉をのみ込んで、さっき浮かべた在りし日の集落のイメージに、地面を覆いつくさんばかりの山菜をつけ足した。

 最後に卒塔婆峠の方角を主に確認する。
 卒塔婆峠と卒塔婆山は、大昔に風葬の拠点になっていたという歴史的背景と、それを由来としたいわくありげな名前に惹かれて、ぜひ立ち寄りたいと思っていた場所。
 「じゃあ、また」と主に会釈して、廃村八丁を後にし、奥の谷を上がる。

そこまでメジャーな道ではないので、結構荒れています。

卒塔婆峠までの道1
卒塔婆峠までの道2

自然の一部になってしまった橋。よう渡れません。

橋

こういうのをこういう場所で見ると、どうしても「オーパーツだっ」と言ってしまいます。

オーパーツ的な

 
 …え?なんでこんな道があるの?
 持参した山地図とそれを交互に見ながら、戸惑う。
 突然目の前に現れたのは、廃村八丁から卒塔婆峠に至る道をダイナミックに横切る林道。いきなり襟首をつかまれて現実に引き戻されたような事態に、気が抜けてしまった。その林道を渡れば、卒塔婆峠はあるみたいだけど…。

手前が廃村八丁側。看板のある方向が卒塔婆峠。

林道1

残ってて良かった卒塔婆峠。林道にえぐり取られたかと思った…。

卒塔婆峠

卒塔婆山へ向かう途中の不気味な大樹。

卒塔婆峠付近の大樹

さっきの林道が回り込んで、卒塔婆山への道も分断してるー!

林道2

 
 「おー、まだおったんかー!」
 林道の存在によって卒塔婆山へのルートを見失い、時間もあまりないので、下山するかどうか迷っていたところ、またもや背後から声をかけられた。声の主は、やっぱり廃村八丁の主。
 この林道って…、と今の困った状況を主にこぼす。
 「うーん、色々あるんやろなー…。まだ作りかけや。」

 こうして再び主と立ち話。
 昔この辺一帯は人の背丈ほどもあるササが群生し、山を歩く者にとってなかなかの難所だったらしい。前方と足下への視界をササに覆われながら、風葬で多くの遺体が横たわっていただろう地を進む。精神的にもとんでもない難所じゃないか…。
 でも、風葬によって体を土に還した魂たちは、山の地勢に素直に従うように谷を下り、行き着いた桃源郷で安らぎを得ていたのかもしれない。ふとそんなことを考えると、魂のたゆたう地に人間が集落を作っても、やがて追い出されるのは当然のような気がしてくる。
 しかし、「色々あって」環境が変わった。もう今は昔だ。

 卒塔婆山へ行くにはいったん林道に下りて、向かい側の斜面を上がれば良いのだそう。でも、帰りのバスの時間が迫っているため、卒塔婆山の登頂はあきらめることにした。
 「せやな。それに、こんな林道を横目に山道歩くなんて、アホらしいよなー。」
 主はそう言うと、笑顔で手を振りながらかつての桃源郷へ続く谷へ消えて行った。

 山を下ったふもとの集落で、思いがけず再びシカと対峙した。民家の庭で何かを漁っていたのだ。午前中に出会ったシカと違い、近づいてカメラのシャッターを切っても平然としている。それどころかシカは二匹に増え、こっちが根負けしてバス停で大人しくしていても、じっとその眼差しをこちらに向けていた。日が落ちて、闇夜からシカのかん高い鳴き声がする。

シカ

 「はい、おつかれさーん!」
 バスが到着し、運転手さんの声が空っぽの車内に響いて、少し気持ちがやわらいだ。

(京都)