2012年10月

古本市
2012年10月28日

六角橋商店街ドッキリヤミ市場でした

こんにちは、
毎度かき消えてばかりの鎌倉ちのりです。

10月20日(土)、横浜市は六角橋商店街で行われた一箱古本市に参加してまいりました!
六角橋商店街の名物となっている、「ドッキリヤミ市場」なるイベントの一部として、「たけうま書房」さんが主催する一箱古本市です。
お声かけいただいたときは、もうその企画の名前だけでドキドキしました。
京都ちのりも「なんというステキイベント!」と大喜びでした。

ヤミ市場ですから、今回は、なんと「夜20時〜」という夜の時間帯。
夜の古本市というのは初めての体験でしたが、夜といえばちのり文庫のホーム。
本領発揮タイムではないですか。夜よ。闇よ。心霊よ。
というわけで、意気揚々と商店街にうかがったわけです!

しかし、
結果からいうと、ホームどころではなかった。
想像をはるかに超える、すごい場所でした。

最寄りは東急東横線「白楽」駅。
駅からすぐに、アーケード街とふつうの車道が平行にのびていて、そこに個人商店がずらっと並んでいる感じなんですが(パッと見)、老若男女がわさわさと集い歩き、とにかく活気がありました。
私は車道のほうを歩いて会場に向かったんですけども、
人も車もけっこう通る上に、路上駐車がすごい。
軽トラから高そうなベンツまで停まってて、
こっちは重い段ボール箱をカートでよろよろ運んでますから、
うっかり飛び出しても、車にカートぶつけても死ぬと思うし、生きた心地しなかったです。

まだ会場に着いてないうちから長文ですけど、ここがいちばんキツかったのであります。

この活気とカオスが、この六角商店街をこうこうとまぶしく輝かせていました。
アーケードに入るとその活気がさらに10倍くらいになって、
電灯に明るく照らされた細い空間は、ビール屋台に、肉やらなんやら、ジャズやロックなどのライブがあって生ギターやドラムの音が心臓にがんがん響いてきます。
ラーメン屋の横を、平安装束をまとった神主さんが走り去っていきました。なんと先ほどまでストリート神前結婚式が行われていたとのこと。
音楽と食べものとお酒と人と喧噪と、個人の感想ですが、村上龍の小説世界のようでした。

なにここ? ほんとに平成日本? 一度行って損はない、ヤミ市場です。
六角橋商店街の、このホームページから察しておけばよかったですね。
ビキニ美女とかレスラーとか、口から火を吐いてる人とか、もっと早く「?」と思うところでした。

 
そんなわけで最初からテンパってました。
汗だく(アーケード内がすごい熱気)で、本を準備していると頭上から

「本ってさ〜、読む人は読むけど、読まないとほんっと読まないよね〜」

ニット帽をかぶったアロハシャツ姿のおじさん。ビール片手です。
「字がこんな小さいとさあ。ね。それで俺が最近ハマってるのはね、ほら、カラオケよ。うん、ひとりでもいっちゃうね。あれは、気軽にできるじゃない?」
初対面にも関わらず、同級会で会った友だちのようなおじさん。
気さく……! おじさんのおかげで、「こんなところで心霊本売っていいのか」という理由なきアウェイ感が消えていったのでした。というか腹がすわったというか。

で、今回出品したのはこんな感じでした〜

本のセレクト担当、京都ちのりの飽くなき収集っぷりが発揮されております。

「ちのり」創刊準備号も、怪談パズルとともに。

今回は、お客さん層のカオスっぷりも本当に楽しかったです。
本好きな方々はもちろん、たぶんライブを聴きにきた音楽好きっぽい人もたくさんいて、地元のご老人やファミリーの皆さん、女子高生……。
そんな今回の人気は『宿なし百神』や『石佛の里にて』、『暮しの中の神様』などの民俗本でした。
パンクっぽい若者が民俗の本を買うその姿になにかトキメキました(すみません)。

帰りに、おとらのおとさんに目玉チョコレートと、雷おこしをいただきました。
偶然おとなりに出店していたたけうま書房さんが、
「ちのりさんの店に似合うよ! 飾ってみなよ!」と目玉を貸してくださって。

そ、そう? 似合います? えへへ……

「目玉チョコはソニプラに売っている」という情報も教えていただき、
今後に生かそう!と決意したところで、ぶじ、古本市は終わりました。
夜の22時。
あっという間でした。

ドッキリヤミ市場、今度はお客さんとして、必ずまた来よう!と思いました。
もちろん古本市があったらまたぜひ。実は、店主の方々も個性的な皆さんが集っていらっしゃったようで、とても盛り上がっていたようです(カオスすぎて自分では把握できず)。

六角橋商店街にカンパイ! 完敗と乾杯!
そんな夜でした。おつかれさまでした、ありがとうございました。

次は、11/3(土)に、三浦半島の「ミサキファンフェスティバル」内で行われる「ブックカーニバル・ミサキ」に参加します! 詳しくは出店情報で。

(鎌倉ちのり)


散歩
2012年10月18日

廃村八丁へ行ってきました(その3)

「その2」の続き

 廃村八丁で出会ったまさかの「村人」こと「主」としばらく立ち話を続ける。
 近くの小屋で自給自足の生活を送っていること、小屋の横に積み上げられた木材は解体された家屋たちだということ、かつて住人たちは炭焼きを生業としており、その炭は今でもここに残されていること…。

解体された廃屋はこのように片付けられています。地面の黒いのは100年前の木炭。

家屋の廃材

 「いやあ、こんなもんじゃない、もっと広かった。あの辺とかも全部。」
 集落の広さが思った以上であったことを伝えると、主はそう答えて指さす。その方向には、植え込まれた針葉樹林が端然と生い茂っている。冬期の厳しさによって定住する人間はいなくなったけど、造林政策によって廃集落の一部はスギやヒノキに取って代わられたそうだ。
 「それまでは辺り一面山菜だらけで…、それはもう桃源郷のようやったわ…。」
 深い実感がこもったその口ぶり。思わず出そうになったお年を尋ねようとする野暮な言葉をのみ込んで、さっき浮かべた在りし日の集落のイメージに、地面を覆いつくさんばかりの山菜をつけ足した。

 最後に卒塔婆峠の方角を主に確認する。
 卒塔婆峠と卒塔婆山は、大昔に風葬の拠点になっていたという歴史的背景と、それを由来としたいわくありげな名前に惹かれて、ぜひ立ち寄りたいと思っていた場所。
 「じゃあ、また」と主に会釈して、廃村八丁を後にし、奥の谷を上がる。

そこまでメジャーな道ではないので、結構荒れています。

卒塔婆峠までの道1
卒塔婆峠までの道2

自然の一部になってしまった橋。よう渡れません。

橋

こういうのをこういう場所で見ると、どうしても「オーパーツだっ」と言ってしまいます。

オーパーツ的な

 
 …え?なんでこんな道があるの?
 持参した山地図とそれを交互に見ながら、戸惑う。
 突然目の前に現れたのは、廃村八丁から卒塔婆峠に至る道をダイナミックに横切る林道。いきなり襟首をつかまれて現実に引き戻されたような事態に、気が抜けてしまった。その林道を渡れば、卒塔婆峠はあるみたいだけど…。

手前が廃村八丁側。看板のある方向が卒塔婆峠。

林道1

残ってて良かった卒塔婆峠。林道にえぐり取られたかと思った…。

卒塔婆峠

卒塔婆山へ向かう途中の不気味な大樹。

卒塔婆峠付近の大樹

さっきの林道が回り込んで、卒塔婆山への道も分断してるー!

林道2

 
 「おー、まだおったんかー!」
 林道の存在によって卒塔婆山へのルートを見失い、時間もあまりないので、下山するかどうか迷っていたところ、またもや背後から声をかけられた。声の主は、やっぱり廃村八丁の主。
 この林道って…、と今の困った状況を主にこぼす。
 「うーん、色々あるんやろなー…。まだ作りかけや。」

 こうして再び主と立ち話。
 昔この辺一帯は人の背丈ほどもあるササが群生し、山を歩く者にとってなかなかの難所だったらしい。前方と足下への視界をササに覆われながら、風葬で多くの遺体が横たわっていただろう地を進む。精神的にもとんでもない難所じゃないか…。
 でも、風葬によって体を土に還した魂たちは、山の地勢に素直に従うように谷を下り、行き着いた桃源郷で安らぎを得ていたのかもしれない。ふとそんなことを考えると、魂のたゆたう地に人間が集落を作っても、やがて追い出されるのは当然のような気がしてくる。
 しかし、「色々あって」環境が変わった。もう今は昔だ。

 卒塔婆山へ行くにはいったん林道に下りて、向かい側の斜面を上がれば良いのだそう。でも、帰りのバスの時間が迫っているため、卒塔婆山の登頂はあきらめることにした。
 「せやな。それに、こんな林道を横目に山道歩くなんて、アホらしいよなー。」
 主はそう言うと、笑顔で手を振りながらかつての桃源郷へ続く谷へ消えて行った。

 山を下ったふもとの集落で、思いがけず再びシカと対峙した。民家の庭で何かを漁っていたのだ。午前中に出会ったシカと違い、近づいてカメラのシャッターを切っても平然としている。それどころかシカは二匹に増え、こっちが根負けしてバス停で大人しくしていても、じっとその眼差しをこちらに向けていた。日が落ちて、闇夜からシカのかん高い鳴き声がする。

シカ

 「はい、おつかれさーん!」
 バスが到着し、運転手さんの声が空っぽの車内に響いて、少し気持ちがやわらいだ。

(京都)


散歩
2012年10月15日

廃村八丁へ行ってきました(その2)

「その1」の続き

 廃村八丁には「いかにも」な廃屋はない。割と最近まではあったらしいけど、今は解体され、石垣の基礎だけが残っている。
 集落をぐるっと囲むように流れる渓流の向こう側や、小道から上がれる高台など、意外と広い土地に基礎をはじめとした暮らしの面影が点在する。自然に埋もれたそれら一つ一つを見つけ出す作業が、まるで宝探しのようで楽しくて、しばらく夢中で辺りをめぐる。やがて頭の中で形作られたのは、豊かな緑と水に囲まれたかつての集落の姿と、そこで自給自足の生活を送る村人たちの姿だ。そんなイメージを大事に抱えながら、渓流のほとりに腰を下ろして、靴ひもをゆるめた。

残るのは家の基礎だけなので、廃墟好きはがっかりするかも。

基礎1
基礎2

井戸?手水鉢?

井戸的ななにか

みんなの「飛び込みたい」心を刺激する、透明感のある淵。

淵

侘びた石祠にお住まいのプチお地蔵さん。

お地蔵さん

朽ちかけた鳥居。

鳥居

鳥居をくぐって階段を上がると、小さなお社が。

小さなお社

近年立てられた三角小屋。今やここのランドマーク的な存在。

三角小屋

京都大学の「北山の家」。

北山の家

謎の建造物。用途不明。

謎の建造物

 
 …突然、背後から声をかけられる。
 驚いて跳ねるように振り向くと、そこには一人のおじさんが。
 「どっちから来たん?いやー、大阪から団体さんが来るっていうから、下山を2日延期したのに、全然来よらへんわ。」
 手ぶらだ…、下山を2日延期…?
 生身の人間のようだし、ニコニコしてはる…、ひとまず安心…?

 話を聞くと、山行シーズンにここで生活しながら、廃村の管理をされているのだそう。今日は大阪からの登山客をもてなす予定だったが、来るようすが無いらしい。
 「午後から天気が崩れそうな気配やし、中止したんやなー。雨のときは雨のときなりの魅力があるのになー。」
 たぶん愚問だろうけど、連絡する手段は無いのかと聞いてみた。
 「ないよ。テレビとかもあらへんからここ20日くらい下界で何が起こってるのか分からん。」
 心の中でこのおじさんを「主」と呼ぶことにした。
 まさかの「第一村人発見」。

 
 「その3」へ続きます…

(京都)