芸術

芸術
2011年12月19日

中平卓馬のこわい写真

 シャロン・テートがチャールズ・マンソン信者に殺害され、ハリウッド暗黒史に深い闇を上塗りした1969年の8月。日本ではその翌月に彼女の出演作『吸血鬼』(監督は夫ロマン・ポランスキー)が公開されるという、なかなかに忌わしい夏です。
 そんな時期に雑誌『アサヒグラフ』でこんな特集が組まれています。

アサヒグラフ 1969年9月26日号 「幻想と怪奇」三題

 ページをめくると、死化粧の少女やマネキン人形、眼球、血などをモチーフに、当時再評価されていたという夢野久作や小栗虫太郎の小説を思わせる、怪奇幻想の世界がロマンたっぷりに展開していきます。

 しかし、東京湾上に浮かび黒煙を吹き上げる貨物船を遠方に捉えたモノクロ写真が現れると、その世界は一変します。続いて、ピントのボケた車の後ろ姿、ブレた野良犬の姿…、それまでとは明らかに異なる硬質で都会的な不穏さ。
 これらの風景を捉えたのは、今や伝説的写真家・中平卓馬です。
 
 当時の中平卓馬は同人誌『プロヴォーク』を立ち上げ、森山大道らとともに「アレ・ブレ・ボケ」と称される写真表現の新しい在り方を提唱し、写真界に衝撃を与えます。
 本誌に掲載された写真群もそのスタイルに乗っ取ったものですが、それらがなぜ「幻想」で「怪奇」なのか。氏は紙面にてこう説明しています。 

物はそれ固有の時間からときはなたれ、意味と機能を失って空間に浮遊する。
それはまぎれようもなく狂気の世界だ

 冒頭の貨物船は海洋を戦慄させる巨大な構造物であり、黒煙は空を狡猾に侵蝕する流動体。いや、それどころか、見る者が空として海として認識している背景もまた、薄暗い灰色で塗り込められた「何か」であり、それらで構成された世界は、確かに、幻想や怪奇以外のなにものでもないでしょう。
 
 実のところ、この貨物船の写真は、この前年に雑誌『現代の眼』に掲載されたものです。つまり、「幻想と怪奇」というお題が無くとも、この時期の中平卓馬は不穏な空気を湛えた都市の光景を数多く切り取っていたのです。
 それらの作品は写真集『来たるべき言葉のために』で触れることができます。

中平卓馬『来たるべき言葉のために』(オシリス・2010年)

来たるべき言葉のために

 「政治の季節」と称される当時のそこはかとない不安感を写したドキュメントとして味わうこともできますが、「アレ・ブレ・ボケ」によって確固たる姿をはぎ取られ都市を彷徨う人々の姿は、どうしても、黒沢清監督の映画『回路』で描かれた、都会の闇から滲み出て徘徊する幽霊のような姿を想起させ、ひいては写真全体を覆う終末感に身震いしてしまうのです。

 さて、中平卓馬は「意味と機能」を被写体から剥奪することで狂気の世界を表現しようとしました。もし、その後氏が辿る運命を知っている人ならば、そこに微かな「種」を見つけることができるかもしれません。
 本誌が発刊されてから数年後、氏は「アレ・ブレ・ボケ」の方法論を自ら否定し、それまでの作品のネガのほとんどを焼却します。
 写真表現への新たな向き合い方については、1973年のエッセイ集『なぜ、植物図鑑か – 中平卓馬映像論集』にて、自己批判も含めて徹底的に論じられていますが、ここで展開される思想は氏にとっての「呪い」となります。その呪いが氏をどのような状態に至らしめたのか、それは1970年代写真界を震撼させた大事件であり、このエッセイ集の解説でも知ることができます。

中平卓馬『なぜ、植物図鑑か – 中平卓馬映像論集』(ちくま学芸文庫・2007年)

なぜ、植物図鑑か - 中平卓馬映像論集

 中平卓馬が目指した新しい写真表現とは何か?
 それを知ることによって、アサヒグラフ誌の「こわい写真」のさらにその先に存在する、ほんとうに恐ろしい写真と向き合うことになるでしょう。

(京都)